史書に見る史実の多くは無味乾燥ですが、史跡は正真正銘の歴史の語り部です。 散在する史跡を尋ねるうちに、その地域の歴史を広がりをもって実感できます。
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鮎川港の南海岸におしかホエールランド(写真)がある。シーズンオフなのか人影もなく閑散としている。会場に入ると往年の捕鯨船(キャッチャーボート)「第十六利丸」が陸揚げされ保存されていた。全長68.37メートルと日本最大で、前部に高く物見用マストがそびえ、船首に捕鯨銃を備えている。これを見ると、鮎川港には捕鯨基地として大いに栄えた一時期があったことが容易に想像できる。

私は東京へ出張した時、新宿の鯨専門店で鯨肉の刺身を食べたことがある。ところが出てきた刺身は冷凍肉で、融け始めると血が滲み出したので、食欲が減退したものである。だが、この鯨肉が戦後の食糧難の時代に、日本人の蛋白供給源として重要な役割を果たした。

北太平洋での捕鯨は最初、米国が鯨油を取るために始めた。サンフランシスコやハワイからやって来た捕鯨船が小笠原諸島の父島を無断で補給基地とし、付近一帯で大々的な捕鯨活動を展開した。

1970年初頭から米国は一転して捕鯨禁止で世界のリーダーになる。当時は、ベトナム戦争の泥沼の中にあり反米、反体制、反戦気運が横溢しているのを覆すため、自然保護を前面に打ちだす戦略をとった。その象徴として1971年1月、全米での捕鯨全面禁止を決定した。

国際捕鯨委員会(IWC)は、国連とは無関係で捕鯨の管理を行う国際機関であり、日本を含め百九十国余りがこれに加入している。IWCも米国や同調国の主張を容れて商業捕鯨の全面禁止を決定した。

ただし、IWC加盟国政府には自国民に対し、科学調査のために鯨を捕獲する許可を与える権利が与えられている。我が国の場合、調査捕鯨のための年間捕獲頭数は三百頭と定められている。

調査結果をもとに2000年2月、IWCは南氷洋でのミンク鯨(体長七~八メートル程度の小さな種類)の推定資源量は七十六万一千頭(95パーセント信頼区間:五十一~百十四万頭)と発表し、資源量は戦後の乱獲の時代から十分回復していることを認めた。この事実をもとに我が国は毎年、IWC総会で商業捕鯨の再開を求めつづけてきたが、反捕鯨団体の頑固な反対に会い未だ実現していない。

鮎川の捕鯨関係者達は商業捕鯨禁止以後、ランプ漁法によるこうなご漁に転換してきたが、皮肉なことに野放しで増えてきたミンク鯨が餌として大量に食べるようになったので最近、その漁獲高は減少の一途を辿っている。

反捕鯨団体には、グリーンピース(GP)、世界自然保護基金(WWF)、国際動物福祉基金(IFAW)などがあり、夫々のホームページの冒頭に捕鯨問題を取り上げている。

GP:日本は国際会議で危機に瀕している鯨の種を保護しようとする運動に反対する唯一の国である

WWF:(7月27日付「IWCは鯨を失望させた」との見出しで)
ロンドンで開催された第五十三回IWC総会の閉幕にあたり、WWFは現在の無秩序な捕鯨を国際的統制のもとに置く努力を全くしないIWCの従来から続く失策に深い失望の意を表明した

IFAW:(「捕鯨を直ちに中止せよ」と題して)
捕鯨国は南太平洋の聖域を破壊している・・・。
アイスランドはIWCから脱退した・・・。
最近の報告によれば、鯨ウオッチングは今や十億ドルの市場である
(注)アイスランド:北大西洋グリーンランドの東南方にある大島で共和国。一九四四年デンマークから独立、人口二十二万人、首都レイキャビック。

鯨の資源量が増加しつつあるとの科学的根拠を無視するばかりか、鯨が人間の海洋資源を食い荒らすようになった現状に背を向け、視野の狭い身勝手な主張を繰返す非政府機関(NGO)の幼稚さに驚かされる。

この章の作成に当たって
、 捕鯨ライブラリー:http://luna.pos.to/whale/jpn.html
を参考にしました。

おしかホエールランドを過ぎ、牡鹿半島の背骨をなす山なみの最南端にある南三陸金華山国定公園・御番所公園に行った。仙台藩の唐船番所があった所という。

海峡を隔て東方に黄金山神社が座す金華山(標高455メートルの島)がどっしりと横たわり、その向うは広漠とした太平洋である。西に向くと仙台湾を一望に収め得るこの雄大なパノラマに満足して宿に帰った。