史書に見る史実の多くは無味乾燥ですが、史跡は正真正銘の歴史の語り部です。 散在する史跡を尋ねるうちに、その地域の歴史を広がりをもって実感できます。
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戦争の想い出から解放され、長崎電気軌道が運営する運賃百円の電車(注参照)が行き交う国道206号を北上する。この電車には長崎バスと共に一日乗車券五百円で乗り放題、という観光客向けのサービスもある。長崎では自動車が電車の軌道上を走行してはならないとされているので、おとなしく車道側を走る。左手に九州自然歩道で親しまれている岩屋山(四百七十五・ニメートル)が見えてくる。岩屋山とその西に連なる舞岳とは、長崎湾を火口とする火山の外輪山の一部であった。
(注)萬晩報:100円で経営が成り立つ長崎の路面電車
   http://www.yorozubp.com/9908/990825.htm

滑石(なめし)で左折し、左手山腹に滑石ゴルフクラブを見ながら街なかを走り抜け、峠を超すと西彼杵半島西岸の新長崎漁港(三重漁港)に着く。

十年以上前になるだろうか、長崎港を母港にしていた漁船群がここに引っ越してきた。当時、長崎大黒町の旭大橋東詰にコンテナー改造の店を開き、魚市場にやってくる人たちを相手に新鮮なネタを安く握ってくれるすし屋があったが、魚市場の移転とともになくなってしまったのは大変残念なことであった。

長崎の新遊園地・あぐりの丘は港の後背地にあり、景観が良くのどかな休日を楽しめるようになっている。

左手に海を見ながら、切り立った断崖の上の起伏に富んだ道を北に向け走る。天候が悪化して時おり雨が降り、視程は良くて百メートルほど、と極めて悪い。
快晴(CAVU: Ceiling And Visibility Unlimited)は望むべくもないが、せめて視界が利く高曇り(overcast)であってくれたら、と恨めしく思う。

黒崎教会を右に見て、岬に向け上り詰めた辺りで標識を目にし、左に国道をそれるとそこに遠藤周作文学館があった。平成十二年五月開館とあるから、それから僅か二ヵ月後の訪館になる。

展示室は遠藤周作の生涯とその足跡を辿る常設展示室と、小説「沈黙」の世界に触れるテーマ展示室の大きく二室で構成されている。その他、氏が執筆に打ちこんだ机や椅子などが展示されている。遺品の蔵書が読める開架閲覧室は整備中と見受けられた。柔らかい照明の下でもう一巡り展示を眺めたりして、ほかに来館者がいない自分だけの時間を十二分に楽しんだ。写真は人っ子ひとりいない文学館の中央ホールである。

文学館最奥の一室から広い窓を通して外を見ると、五十メートルほど下の海岸の岩に打ち寄せる波が白く砕け、その向うは一面大海原である。ここから真西にあたる五島・奈良尾町まで六十キロ、天気がよければ五島列島の山並みを遠望できるだろう。もちろん、五島灘に沈む夕陽の景観も素晴らしいことだろう。そんな気分を今度来たときには是非味わってみたいものだ。テラスから海に向け傾斜する青い草原の所々に、大陸から帰化したという橙赤色に斑点のあるオニユリが霧雨の雫にぬれて咲いている。

このあと訪れる予定の西海町・横瀬浦への道順を事務の方に聞くと、親切にも西海町役場からファクシミリで分かりやすい地図を取り寄せてくださった。その間にバスで来館してすぐ入場したり、その前にカフェテリアで一休みする年配の男女のグループが増え、ようやく騒々しくなったのを機に車に乗り込み文学館を後にした。

外海(そとめ)は、山が断崖になって海に落ちる、人が住むには極めて条件の悪い狭い土地であった。昔、ここに住む人達は生活の貧しさに加え、大村藩の厳しいキリシタン探索に耐えなければならなかった。藩は経済安定を図るため、長男だけを残しその他の子供は強制的に間引きさせるなどの人口抑制策をとった。今の中国の一人っ子政策のようなものだろう。それを好まないキリシタンたちは、1776年(安永五)頃から外海を逃れて五島へ移住し始め、その数は五千人に達したという。

もともと、五島はアルメイダとロレンソの二人の修道士が1566年(永禄九)、福江領主・五島純定の許可を得て伝道したが、後に迫害が起り五島のキリスト教会は崩壊してしまい、信者達は長崎などに移り住んで行った。これを再興したのが、外海からやってきたキリシタン達であった。

遠藤周作文学館を出て国道に戻り少し北に行くと、山腹に白い教会が見え、道路の右手に沈黙の碑がある。そこには、
人間がこんなに哀しいのに 主よ、海があまりにも碧いのです
と刻まれている。

小説「沈黙」は、長崎で穴吊りの刑にあい背教した実在の宣教師・フエレイラ神父の消息を知ろうと、日本に潜入した三人の宣教師達がこの外海に上陸するという設定になっている。その一人、ロドリゴ司祭は捕らえられ、長崎の牢で謎の人・フエレイラと対面しその背教をなじるが、やがて彼が辿った道を理解し、ロドリゴも同じ運命に従う。

「沈黙」の終章に、ロドリゴが踏絵に足をかけようとする一節がある:
■その顔は今、踏絵の木の中で摩滅しくぼみ、悲しそうな目をしてこちらを向いている。(踏むがいい)と悲しそうな眼差しは私に言った。(踏むがいい。お前の足は今、痛いだろう。今日まで私の顔を踏んだ人間たちと同じように痛むだろう。だがその足の痛さだけでもう充分だ。私はお前たちのその痛さと苦しみを分かちあう。そのために私はいるのだから。)