史書に見る史実の多くは無味乾燥ですが、史跡は正真正銘の歴史の語り部です。 散在する史跡を尋ねるうちに、その地域の歴史を広がりをもって実感できます。
  • ホーム
  • 紀行文
  • キリシタン史跡
  • 太平洋戦争
  • 核物理
  • お問合せ
  • リンク

今は亡き松田先生は大正十年(1921)高松市に生まれ、上智大学文学部史学科卒、フロイス研究の第一人者、平成九年病没。フロイス「日本史」の完訳版が中公文庫から出版されている。

先生の蔵書が大村市のどこに所蔵されているのか始めは全く見当もつかなかった。大村市内に入って、先ず市役所を探した。メインストリートを南下し、右手に古めかしい市役所を見つけ、受付で市の観光地図を所望し、松田文庫の所在を尋ねると、受付嬢は何処かに電話してから大村市図書館にあると教えてくれた。図書館はJR大村駅に向かって右手にあることを確かめて同じ道路を引き返した。図書館の二階に上がり、事務所で尋ねてみるとそこが「松田毅一南蛮文庫」だそうで、中に招じ入れてもらった。

書庫に案内してくださるようお願いしたら、それは駄目だそうで、二分冊になった約五千書の書籍リストの中から読みたい書籍をピックアップし、申込書に記入して差し出すと係員の方がそれを書庫から取り出してくれるという仕組みだ。始めて見るキリシタン関係書籍が多く並んでいたが、今日はこれから大村市内の史跡を駆け巡った後、飛行機で帰らねばならないので読む暇は無く、記念にと書籍リストの表紙をカメラに収めて早々に図書館を辞した。いつかは訪れて、半日ぐらいはゆっくり先生の世界に浸ってみたいものだ。

長崎空港を出て連絡橋を渡り、一つ目の辻を左折した左側に立派な大村入国管理センター(大村市古賀島町)の大型ビルがそびえ立っている。いわずと知れた不法入国者を一時留めおくところで、法務省入国管理局に所属する。

新しい施設が建つまでは、古い建物に十年ほど前から急速に増え始めた中国人の密航者を収容していた。夏ともなると、通るたびに何百人もの抑留者が屋外に出て涼をとっているのを、金網越しに目撃したものである。首尾よく国内に潜入できたいわゆる第三国人(パスポートを持たない外国人)も多数いるに違いない。

今も中国人不法入国者は絶えないようだが、彼らは単に仕事を求めて日本にやってくるだけだろうか?かっての北朝鮮の工作員のように、情報蒐集は勿論、日本政府転覆など政冶的使命を持つものが紛れ込んでいるとすれば事は重大である。

長崎空港の北東岸に位置する海上自衛隊大村航空基地は、大正十一年に大村海軍航空隊として開隊し、昭和十六年には第二十一海軍航空廠が誕生してゼロ戦等の戦闘機の生産を行った。戦後、昭和三十一年に飛行艇部隊の母基地として大村飛行隊が発足し、昭和六十二年には艦載型のヘリコプターの母基地として航空集団隷下第二十二航空群が新編された。ここから大村湾越に西彼杵半島に沈む夕陽を見るのも絶景である。