史書に見る史実の多くは無味乾燥ですが、史跡は正真正銘の歴史の語り部です。 散在する史跡を尋ねるうちに、その地域の歴史を広がりをもって実感できます。
  • ホーム
  • 紀行文
  • キリシタン史跡
  • 太平洋戦争
  • 核物理
  • お問合せ
  • リンク

千々石は天正遣欧少年使節団に加わった四人の少年の一人、千々石ミゲル(純忠の甥、後に棄教)や日露戦争で戦死し橘神社に軍神として祀られた橘周太陸軍中佐の出生地である。

国道57号線を小浜町から木場を通ると眼前に千々石湾がひらけて来る。湾の北側にそそり立つ断層が千々石断層と呼ばれる大陥没跡である。断層の50メートル下の海岸を歩くとその雄大さが実感できる。

1980年代この沿岸に原油を満載したタンカーが十数隻、エンジンを作動させたまま夜は点灯して停泊していた。橘湾の対岸・茂木からその情景をしばしば遠望した。1974年のオイル危機の反省を踏まえ、応急の洋上備蓄をした。現在その姿はなく、1988年に上五島に完成した洋上タンクになっている。

 タンク  所在地  容 量
地下岩盤  串木野  175万kl
 菊間  142万kl
 久慈  175万kl
地上・地中  新潟共同備蓄  113万kl
 北海道共同備蓄  350万kl
 福井  340万kl
 秋田  450万kl
 むつ小川原  570万kl
 志布志  500万kl
 苫小牧東部  640万kl
洋 上  上五島  440万kl
 白島  580万kl
上五島洋上タンクは5隻を並べて係留し、一隻の大きさは長さ390m、幅97m、深さ27.6mで、三菱重工長崎造船所の百万トンドックの幅(100m)一杯を活用して建造された。上海行の航空機から直下に見ることができる。

こうした施策により、「我が国の石油備蓄は消費量の171日分が存在する」と資源エネルギー庁は説明している。